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 放置状態です。紹介・推薦はまだ出来ますが、めんどくさいのでたぶんもうしません。

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《はじめに》↑↑
 
 そろそろ夏休みの面接の予定が出そろったでしょうか?前はすでに面接をお願いしていた時期です。
 千賀染ちゃんの面接は2年前の祇園祭の宵山の日ですね。宵々山は舞妓さんと一緒に祭りに連れて行ったようです。
 出来れば良い舞妓さんが入ってほしいものですが、今の流れを見ると、たぶんないでしょう。
 相変わらず週一くらいは舞妓さんと食事などしていますが、募集に関っていない舞妓さんの方が気楽です。
 若手の舞妓さんを見ると、呼びたい舞妓が二人しかいない・・こんなにレベルが低下して大丈夫なのか?宮川町も祇園甲部も。
 気づいたときには取り返しがつかないのが世の常、お茶屋の客は年を取り減る一方、今の舞妓のレベルでお茶屋の客なんて増えません。
 十五年前の舞妓のレベルがこれなら私は多分花街になど通っていません。
 お茶屋の客あっての花街です。
 
 
 2007年から2016年の間に、ここからの応募(自己応募含む)および推薦で仕込み採用が宮川町の8軒の屋形で計20名以上あり、そのうち8名が舞妓さんになりました。今更ながら、こんなに入れたのかと思います。
 応募から見世だしまで、最長2年半以上かかるので、ほぼ1年に一人の見世だしのペースでした。
 とし愛・とし夏菜・とし真菜・美恵菜ちゃんと可愛い舞妓さん達を出せたのは非常に幸運だったと思います。
 もうそんな舞妓さんは期待できないように感じます。5年前の並の舞妓が、今ならトップクラスです。そういう状態です。
 5年前には一体誰を呼ぼうか、呼びたい舞妓が多すぎて困ったものです。
 呼んでいた範囲だけで、君香、美代治、美代馥、里乃、とし夏菜、とし真菜、とし愛、美恵菜、みんな可愛かった・・。
 今や、一体誰を呼べばいいのか、呼びたい舞妓がいなくて困る状態です。
 関わりのない舞妓さんを呼ぶのは気楽は気楽なのですが・・。
 時代は変わったものです。
 

 祇園祭を前に当初の文章を読み返してみました。丸十年が過ぎました。
【当初の文章から】
 これを書き始めた今、京都には平成19年の夏が来ようとしています。
7月に入れば、京都は祇園祭一色。辻々からコンチキチンの鉦の練習の音、「常は出ません今晩かぎり…」鉾町の女の子のお守りやちまきを売る呼び込みの声。
 祇園祭の私の最大の楽しみは、夜店の間を人を縫って舞妓を連れて歩くこと。
 「せんせぇ、うち、金魚すくいしとおす。」
 「次は、綿あめ、綿あめ行くぅ〜。」
 舞妓はおもてなしのプロですが、中身はまだまだ「子供」なのです。
※舞妓は普通の客にこんな甘えたことは絶対に言いません。ものすごく厳しいしつけを受けています。
 

 祇園祭はすごい人混みですが、舞妓さんが先頭を歩けば人の壁が割れてけっこう歩けるのです。
 「いやぁ、舞妓ちゃんやわ。」
 「かわいいなぁ〜。」
 と言った声がそこら中から聞こえてきます。
 
 舞妓は京都の花です。
 美しい花です。可愛らしい花です。
 町を歩けば、そこここから「かわいい〜。」「綺麗だね〜。」と声がかかります。みんなが舞妓さん舞妓さんとちやほやもしてくれます。誰もが一緒に写真を撮りたがります。おどりの会の舞妓さん達のなんと華やかなこと、綺麗なこと、愛らしいこと…
 
 「お母さんおおきに、お姉さんおおきに。」
 「よろしゅうおたのもうします。」
 「せんせぇ、またご飯食べ連れとおくれやすぅ。約束どすよ。」
 「うち、そんなんわからしまへん。」
 舞妓言葉の可愛らしいこと…
 
 「せんせ、そこに鴨川あるしな。ちょっと泳がはる?(ーー;)」
 「もぅ〜、せんせはほんまにイケズ(意地悪)やし。」
 こう言うのはちょっと仲良くならないと聞けませんが、これもかわいいのです。
 
 しかし、その華やかな花となるためには、厳しいしきたり・修行に耐えねばなりません。
 ただ綺麗な着物を着たい程度で耐えられる生活ではありません。
 あなたがもし裕福なご家庭の一人っ子で、何不自由なく暮らしているような方なら、舞妓になるなどと言う夢は捨てた方が良いでしょう。耐えられません。無理です。お金を出せば舞妓の格好をさせてくれる店がたくさんあります。
 あなたがもし、どうしても舞妓になりたいという強い熱意をお持ちであれば、賭けてみれば良いでしょう。
 明るい将来の展望もないなら賭ける価値はあると思います。
 大学に行けるような人は、大学を目指すべきです。
 あなたは私と違って、まだまだ失敗をしてもやり直す時間はお持ちです。舞妓になれる年齢もごく限られています。
 あまり煽動するつもりはありませんが、
 「やってする後悔より、やらなかった後悔の方が大きい」「山も谷もない人生が面白い?」とは自分自身を振り返っても思います。
 
 ただし…
 舞妓の年齢、およそ15才〜20才というのは、人生の大きな岐路です。
 舞妓の道を選べば、選択の幅を大幅に狭くすることになります。学歴だけならそのままでは中卒になります。強い意志があれば舞妓を卒業してから大検をとって大学に行くなり、定時制の高校に行くなり、一芸入試を目指すなり取り返すことも不可能ではないと思いますが…
 よく考え、お家の方とも相談してください。 保護者の同意なしには置屋さんは受け入れてはくれません。
 舞妓は、置屋・お茶屋さんに住み込みで、公休日は月に二日だけ(しかも仕事が入ればそれもなくなります)、地方の方なら里帰りできるのは盆正月だけです。休みと言っても一人で勝手気ままに出かけることは出来ないと言っていいと思います。しかも基本的に舞妓は芸妓になるための修行の身ですから、収入はご祝儀だけです(人に寄りますが収入は高卒OLさん程度でしょうか)。
 昼はお稽古、夜はお仕事、空いた時間はあっても髪を結った格好では出歩ける場所は非常に限られます。花街の外の同年代のお友達と遊ぶことはまず出来ません。電話やメールですらままならないでしょう。このように束縛された生活を私はほかに思い浮かびません。
 もちろん、お母さん・お姉さん方の言うことは絶対です。ただ黙って従うだけです。中には厳しいお母さん・お姉さんもおられるでしょう。理不尽に叱られることもあるかも知れませんが、ただ耐えるしかありません。帰りたいと泣くこともあるでしょう。
 京都出身の舞妓さんは少なく、全国各地から一人で来ているのです。ちょっと家に帰るなんて出来ない人がほとんどです。
   みんなたった一人で、伝統やしきたりと格闘し、芸を習得し、修行しているのです。
 その生活を通常5・6年です。耐えられますか?。
 それでもなお、と言われるなら、お手伝いしましょう。
 

 
 ここ10年、舞妓さん志望者を置屋さんに推薦・紹介してきました。
 色々ありましたが、近年応募者のレベルが低すぎてどうにもなりません。
 関わる以上はトップの舞妓に・・。そう思ってきました。
 もう無理です。
 
 素晴らしい舞妓を目指せるような、応募者があればまだなんとかしていたのですが・・。
 すでに運を十分使い果たしたように思います。真菜ちゃん・夏菜ちゃんを入れたのですから、恐ろしく幸運だったと思います。
 舞妓さんを入れたところで、これ以上良いこともありませんので、ここらで終了ということです。
 祇園甲部のつる居さんには、一人だけでも祇園甲部のトップを張れる舞妓さんを入れたかったのですが、それに値する応募者がいませんでした。
 宮川町にももう一人だけ、トップを張れる舞妓さんを入れたかったのですが・・。それも無理でした。
 まあ、それなりの結果は出したので、ここらで終了です。あとは気楽に遊ばせてもらいます。
 
 
 ここから見世だししたのは、とし愛(満期引退)、千賀美(引退)、ふく里(引退)、とし夏菜(現芸妓)、とし真菜(現芸妓)、美恵菜(満期引退)、とし智(引退)、千賀染(現役)ちゃんです。(2016.12現在)
 画像検索リンクは推薦したか、関わりの大きかった舞妓さん達です。私が推薦したのは、とし夏菜・とし真菜ちゃんだけで、他の人は単なる紹介か自己応募です。

 ナンバーワンの舞妓さんは出しました。それなりの結果は出せたと思います。
 
 舞妓になったら綺麗になれると思っていたらとんでもない勘違いです。元が綺麗だから綺麗な舞妓になるだけです。
 たいていの舞妓さんは白塗りよりすっぴんの方がずっと綺麗です。元が綺麗なのです。
 今誰からも綺麗と言ってもらえない人が舞妓になっても誰も綺麗なんて言ってくれません。無駄です。
 
 
 2016年12月21日
 千賀染ちゃんが見世だししました。
 舞妓姿は思ったより可愛いので後は本人の頑張り次第です。
 元々ナンバーワンは期待していませんでしたが、トップ3くらいは目指せるでしょう。
 今のところ競争になるほど可愛い舞妓さんもいません。性格はまだ良く把握できていませんが・・。  


 
 
 過去の応募の方等、連絡は≪問い合わせ≫からお願いします。
 質問・相談には出来る範囲でお答えします。
   
 私 DocWは、大阪の医師で、お茶屋さんに通いだしてもう十五年。
 ここを始めて十年、ここの卒業生、それ以外の多くの馴染みの舞妓さん達も卒業していきました。
 五年十年前には、一体誰を呼ぼうか悩むほど可愛い舞妓さんばかりでした。
 どこの舞妓さんでも好きなように呼ばせてもらってきましたが、
 今や呼びたい舞妓さんが二三人しかいないようでは、そろそろ終わりでしょうか。
   
  
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