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  since July 2007   

お知らせなど
 放置しておりましたが、全くわかっていない人が多いのと、同じことを何度も説明するのが面倒なので復活させます。
 結局今年も舞妓一名を出し、仕込み一名の採用も決まってしまいました。
 来年度採用者は今のところいないのと、置屋さんは満杯に近く、最近お話も聞いていません。  
 紹介してももうメリットもないので、もういいかなと思いますが、トップの舞妓を目指せるような人がいれば検討します。
 
 2018.07.05:私が本城さんに紹介した、君咲ちゃん、見世だししました。
 本城さんにはこの夏もう一人行きます。  来年度の採用予定は今のところありませんが、2・3問い合わせはあります。
 7月中の応募、お盆明けくらいの面接が最終だと思います。
   

  【花街】 【仕込みさん】 【舞妓さん】 【お茶屋・置屋】 【襟かえ】 【将来の道】 【どうすれば?】
【資格・適性】 【応募法】 ≪DocW問い合わせ≫

《はじめに》↑↑
2007年から、ここからの紹介と自己応募(現在扱わず)および推薦で宮川町の8軒の置屋さんで計20名以上の仕込みさんを採用して頂き、そのうち9名が舞妓さんになりました。大体、年に2人仕込みさんに、年に一人舞妓さんを出したことになります。(応募から見世だしまで1年半かかります。)

ここから見世だししたのは、とし愛(駒屋:満期引退)、千賀美(美富久:自己応募、中途引退)、ふく里(いし初:女将の交代で中途引退)、とし夏菜(駒屋:現芸妓)、とし真菜(駒屋:現芸妓)、美恵菜(いし初:満期引退)、とし智(駒屋:自己応募、中途引退)、千賀染(駒屋:現舞妓)、君咲(本城:現舞妓)ちゃんです。(2018年7月現在)
他にも事情があって公表出来ない舞妓さんが二人ほどいます。



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★内容を消してしまったのと、全然わかっていない人が多いので、過去の文章を引っ張り出してきました。量が多いですが、これくらい読み通す根性がなければ舞妓なんかにはなれません。
★読み返してみると、こんなに中の情報を書いてるところは他にはありません。書いていいのかなぁ?とも思いますが…。花街の人は外の人には喋らず、普通の客はそこまで知りません。何人も紹介したので、普通では聞けない話も聞いてきましたが、私でも置屋の中はまだまだ洞窟の暗闇に思えます。 
 
 
 私は舞妓さんになることで幸せになれる人は少ないと思っています。
 たいていの場合やめるように勧めます。
 なるならトップの舞妓に、でなければやめておけ、と言うのが私の考えです。
 
 男性から頻繁に可愛いと言われるようでないと、舞妓になったところで何も楽しいことはありません。相手は舞妓を見慣れた客だけです。白塗りしても、日本髪にしても、着物を着ても、顔は可愛くなどなりません。
 チヤホヤしてくれる観光客など舞妓にはうっとうしい野次馬に過ぎません。

 それでもどうしてもと言う方で「トップクラスの舞妓さんになれる資質のある方」には出来るだけ良いところで修行をして頂きたいと思っています。
 
 私は「舞妓さんになって良かった。」「舞妓さんをしていて楽しい。」と言ってもらえる人だけに入って欲しいと思っています。
 人気のない舞妓さんを作ったところで、本人を含め誰も幸せにはなれませんし、私も関わりたくありません。
 
 舞妓さんは京都の花です。
 美しい花です。可愛らしい花です。
 おどりの会の舞妓さん達のなんと華やかなこと、可憐なこと、愛らしいこと…
 その立ち振る舞いの優美なこと、その言葉のなんとも柔らかくたおやかなこと…
 しかし、その華やかな花となるためには、厳しい生活・しきたり・修行に耐えねばなりません。

 中卒・高卒で就職する、明るい将来の展望もない、違う世界に飛び込みたい、人生を変えたい、それなら賭ける価値はあるかも知れません。
 舞妓さんになれる年齢もごく限られています。
 舞妓さんになることがあなたにとって幸せなのかどうか私にはわからないので、勧めるつもりは全くありませんが、
 「やってする後悔よりも、やらなかった後悔の方が大きい」とは自分自身を振り返って思います。

 ただし…
 通常中卒になって人生の幅を大幅に狭めます。
 多くの方が挫折し去っていきます。
 入るところを間違えるととても辛い思いをすることになります。
 舞妓の使命は客をもてなすことです。まともに人と話せない舞妓などいりません。
 非常に厳しく管理され、通乗客との個人的付き合いなど出来ないので、一般のクラブなどとはまったく違いますが、やはり水商売です。お茶屋に出入りできない一般の人は何も知らないので偏見を持たれます。ねたみを持たれるのでなおさらです。
 
 半分以上の方が挫折します。途中で挫折すれば、貴重な1年をまったくの無駄にします。よく考えお家の方ともよく話し合って下さい。
 
 綺麗な姿に憧れているだけなら、すぐにやめることになります。
 あの姿は客に見せるだけのものです。あの姿で自由に出歩くことはまったくできません。
 ひたすら舞・鳴り物・唄の稽古に没頭し、しきたりと行儀作法に縛られた、極めて自由のない生活をすることになります。
 踊りや、鳴り物、伝統芸能が好きでないと耐えきれません。
 誰もチヤホヤなどしてくれません。チヤホヤしてくれるのは観光客だけ…何のメリットもなく1ヶ月もすればうっとうしいだけの存在になります。
 1時間でも2時間でも正座させられ、お説教されそれにひたすら頭を下げ、礼を言い…毎日毎日ネチネチと小言・嫌みを言われ続けると思って下さい。
 以前は女将に殴られた、蹴られたなんて話もありました。
 他の全ての楽しみを捨て、ただ舞妓さんであることに全てを費やす、尊敬に値するほどの忍耐力を要求されます。
 
 3日で帰る人がたくさんいます。誇張でもなんでもなく本当に3日で帰られます。
 私に、平気です・耐え抜きますとか言った人は全員すぐ辞めたのでそういう言葉を聞きたくありません。
 


 私 DocWは、大阪の医師です。私は、お茶屋の客の一人です。
 
 これを通して普通の客では聞けない・聞いてはいけない話もたくさん聞きました。まだまだ聞きたくても聞けないこと、聞いても教えてもらえないこともたくさんありますが、花街・置屋さんの内部事情や考え方も随分見えてきました。
 
 花街外の情報源もありますし、相談を受けて他花街に行かれた舞妓さんから情報をもらうこともあります。外の人に聞いた方が色々なことがわかる場合もあります。
 
  

【花街】
 花街と書いて、「かがい」と読みます。舞妓さんでさえ「はなまち」と言う言葉を時に使いますが、演歌の題名由来の言葉で、京都の言葉ではありません。
 
 京都には上七軒、先斗町、祇園東、祇園甲部、宮川町という五つの花街があります。
 上七軒の舞妓さんのいる置屋さんは既にたぶん4軒くらいだけ、先斗町、祇園東も同じ程度で、いずれも舞妓数は既に5〜10人以下程度になってしまっています。
 
 宮川町で置屋さん18軒前後、祇園甲部も実働20軒前後だろうと思います。どちらも近年は舞妓数20から30名程度の範囲で推移しています。
 
 総舞妓数は全体でも百名もおらず、舞妓さんになれるのは年間で多くても二十人には達しないと思います。
 
 伝統や格式というものは、古い因習も引きずっています。書くべきではないことが多いので書きませんが、入る人にとっては良いことばかりではありません。
 
 祇園甲部のお茶屋さんとも話は出来ますし、紹介したことはありますが・・
 種々の理由から、舞妓さんになるなら入る人には私は宮川町しか勧めません。「宮川町にして良かった」「宮川町でなければ残れなかった」と言われる舞妓さんを何人も知っています。ただし、宮川町ならどこでもよいとも思っていません。私が関わる場合は私の目の届かないところには行かせたくありませんが、なかなかそうも行きません。
 
 客にとっては、甲部の緊張感のある格調高い雰囲気も魅力であれば、宮川町のほんのりたおやかな柔らかい雰囲気もまた魅力ですが、中に入る人にとっては…何事にも耐えて耐えてプライドが欲しければ祇園甲部、舞妓であることを楽しみたければ圧倒的に宮川町だろうと私は思います。
 
 宮川町も小さい屋形は中で何をやっているかわかりませんが、祇園甲部ははっきり客に舞妓を売る屋形がけっこうあるので注意した方が良いです。舞妓が18才になったとたんにやめる屋形は要注意です。
 水揚げなんてもうないとか言うもの知らずな客がいますが、それは「あんたが知らんだけ。」です。
 そんな話知っているのは当事者だけ、並の客には誰もなにも話しません。
 
 なにも知らない人や、半端な客は、色々言う人もありますが、はっきり言わせてもらうと、彼らは何も知りません。知らない人間ほど知ったかぶりをしたがります。良くあれだけ知りもしないことを書きたがるものです。そば屋の出前の兄ちゃんや、料理屋の皿洗いが知っているのは客の話の盗み聞きの断片だけです。私も志願者の人に情報を与えるため以外にはあまり喋りません。ベールに包まれた秘密の世界というのも花街のプレミア性の一部です。自分だけが知っていると言うことに値打ちがあります。
 
 応募を考える人の判断の助けにどこまで書くかを常に悩みます。全てを知っているわけでもありませんが、知っていることの半分も書けませんし、関係のない人に余計なことを教えたくもありません。
 
 
 花街を選ぶ前に、すべての花街の中や周辺を歩いてみることをお勧めします。
 それだけでもその花街がどのような状況にあるかが少しだけはわかります。
 
  

【仕込みさん】
 舞妓さんになるためには、宮川町では 10ヶ月の「仕込み」という修行の期間があります。
参考)上七軒はわずか6ヶ月、祇園甲部は1年2ヶ月
 仕込み中に舞妓姿など一切出来ません。
 
 舞妓さん・仕込みさんと置屋さんには雇用関係はありません。置屋さん自体から報酬・給料というものを頂くことは一切ありません。修行のために家族として置いてもらっているだけです。舞妓さんでも個人事業主で、置屋さんに雇われているわけではありません。
 
 途中で辞めない限り、生活・お稽古代等の費用は全て置屋さんが負担しますが、将来舞妓さんとしての働きで返すまで立て替えてもらっているだけなので、途中でやめればすべて弁済させられます。
 
 花街・屋形によって違いますが、お小遣いくらいは頂けるかも知れません。(屋形による。)
 公休日は月2回のみ、夏と正月にも数日休みがありますが、休みはそれだけです。祝祭日も関係ありません。休みは年に30日ほどでしょうか。舞妓さんも同じですが舞妓さんの場合は仕事が入れば休みはなくなります。普通の仕事だと年間120日は休みがあります。大学生など年の半分は休みです。
 その上休みと言っても外出はおかあさん・お姉さんと一緒にしかできません。一人で外出などまったく出来ません。そして門限は多分6時とか8時です(屋形年令等による)。
 
 感覚的には、全く知らないものすごく厳しいよその家にいきなり養子に行くようなものです。
 あるいはものすごく厳しい運動部の合宿を24時間1年中ずっと最下級生として過ごすようなものです。
 
 採用前の研修などもありますが、1週間の研修に来て、正式に採用されたら3日でやめられる…良くあることです。入ったら扱いがまったく変わると思っておいた方が良いでしょう。仕込み体験など「お客さん扱いです」と置屋さんもはっきり言われます。
 
 採用の可能性のない人に体験だけをさせる理由などありません。一度どこかとお話・体験などをすると、そこ以外とのお話は出来なくなります。体験させる…あれはほとんど罠です。どんな置屋さんであったとしてもそこに入ればそこでやり抜くしかありません。
 
 優しく親切に教えてくれるなどと思っていたら、とんでもない間違いです。舞妓は叱られて叱られて行儀を身につけるものです。外面の良い、良いことばかり言うところほど、中はひどかったりします。
 
 置屋さんに住み込んで修行します。この期間は、掃除、洗濯、屋形の手伝い・雑用・お遣い、おかあさん(女将)・お姉さんの手伝いから、踊り・鳴り物のお稽古、言葉遣いの習得、行儀作法の習得、などの修行をします。一日中、非常に厳しく躾けられます。口答え・ふてくされるなどあり得ません。
 
 細々したことをいちいちあげつらわれて、一日中ネチネチと小言を言われ続けます。あるいは怒鳴りつけるお姉さん・おかあさんも屋形によってはいるかも知れません。
 朝から夜まで、言葉遣いをいちいち直され、ふすまの開け方に歩き方に文句を言われ、頭の下げ方、挨拶の仕方を怒られ…。ごく普通のことです。
 
 絶対の上下関係、おかあさん・お姉さんの言うことは絶対です。理不尽にしかられても耐えるしかありません。
 
 全く自由がありません。仕込みさんは携帯も持てません(見つかったら辞めさせられるかも知れません:これがまた必ず見つかるのです)。一人で外出など出来ませんので、外部の友達や異性と付き合うのはほとんど不可能です。気を抜ける時間はありません。
 
 なんと言っても仕込みのつらさはまったく自由がなく、気分が転換出来る休みも時間もないことです。10ヶ月全く自由のない生活…いくら頭で理解しても実際に経験しないとわからないつらさのようです。
 
 「みんなそれに耐えてきた。」と置屋さんは言われますが、ただただ耐えることだけが舞妓さんの資質のすべてだとは私は思いません。少し気を遣ってやる者があれば、潰れずに済んだはずの仕込みさんもいます。私の入れた仕込みさんは、様子も見ますし、話も聞き、いざとなれば気分転換にも連れ出してきました。それが出来ないところには私は入れたくありませんが、屋形によって私の関わりも違います。
 ただし態度が悪かったりすれば辞めさせられても私も止めません。花街に向かない人は出来るだけ早くやめるべきだと思っています。
 
 お休みでも一人で外出などまったく出来ません。外出はおかあさん・お姉さんと一緒にしかできません。仕込みの間、自由な時間などまったくないと思って下さい。誇張ではありません。田舎から来た中卒の子を都会を一人で勝手に歩き回らせるわけには行かないと言うこともあります。入ればわかります。わかったときには遅いですが…
 
 屋形によっては食事の合う合わないもあるようですが、好き嫌いなど論外です。客と食事するときには何でも喜んで食べねばなりません。
 
 態度がわるければ容赦なく、また舞などが修得できない場合も帰されます。
 
 確かに舞妓さんは達はみんなこの厳しい生活を耐え抜いて来たのです。
 私に「平気です。」「耐え抜きます。」と言われた方はみんなやめられました。わかっていないだけなのです。この生活が平気な人などいません。他にも辛いことはいくらでもあります。
 耐えられるかどうかの不安を持つくらいの冷静な判断力が必要です。その点でもやはり高卒での採用が望ましいと私は思っています。
 
中卒で仕込みに入られる方、3学期は良く体を動かし、ダイエットするくらいのつもりで絶対に太らないように注意して下さい。太りすぎれば帰されます。
  

【舞妓さん】
 舞妓さんはあくまで、芸妓になるための修行の段階です。費用の負担はありませんが、置屋さんからのお給料などはまったくありません。仕込みと同じ、置屋住み込みです。宴会に出ると自動的につくご祝儀はもらえますが、もらえるようになる時期などは置屋さんによって違います。ご祝儀については聞きにくくて聞けませんが、人気・仕事量で個人差がかなりあるはずです。お家に仕送りしている人もあります。
 
 年季と呼ばれる義務期間(お礼奉公)が宮川町では通常5年半前後あり、この期間を終えずにやめると違約金を請求されるかも知れません。屋形によって期間なども違います。
 祇園甲部では、舞妓4年、芸妓2年の年季があります。
 
 公休日は月2回だけですが、仕事が入ればなくなります。通常代休などなく、年末や夏に長めに休める程度です。その上公休日でも門限が6時です(屋形・年齢にも寄る)。
 売れっ子は何ヶ月も休みがないこともあるそうですが、休むより仕事がしたいと言います。休みがあっても年少のうちは一人では外出できません。
 夏と正月にも数日休みがあります。祝祭日は休みではありません。自前の芸妓さんなど、最初の2年は休みは取らないとまで言います。
 
 髪を解けるのも週一度程度です(つまりシャンプーも)。
 
 午前から午後にかけてはお稽古かお昼の宴席、夕方からこしらえ(身支度)・食事をして、通常6時頃から宴席に出て後は夜中まで仕事か、仕事がなければ夜12時頃まで待機(外出など出来ません)です。寝るのは夜中の2時3時が普通です。
 この生活が果てしなく続きます。
 お稽古からこしらえまで休めるようですが、仲間内でそこらでお茶出来る程度です。お稽古も仕事もない時はランチ程度は出来るようですが、時間が多少あってもあの頭で行けるところはごく限られます。コンビニ、マック、サーティワンなど行けません。
 
 お客さんが連れて行ってくれない限り舞妓姿で繁華街をぶらついたり、観光など一切出来ません。当然人気がなければそう言う機会はありません。
 舞妓さんでもスマホを持たせてもらえない屋形も多いです。持っていても通常客には教えませんし、しつこく聞いたりすると嫌われるだけです。
 
 綺麗な舞妓姿をするなど生活のほんの一部にしか過ぎません。芸事としきたり、作法にどっぷり浸かった生活になじめなければもちません。心遣い、行儀・作法、並ではない忍耐力が求められます。
 
 躾は非常に厳しいです。どんなに理不尽に叱られても頭を下げるしかありません。
 
 舞妓さんであること、それは並ではない忍耐力の証明です。
 
 芸は一生懸命なら、好きなら、それでよいと思います。でもお稽古事が好きでないと、あまり不得意だと、とてもつらい思いをすることになります。ひたすらお稽古に明け暮れるのが舞妓さんです。採用自体に芸事の経験は関係ありません。
 
 
 舞妓さんの主な仕事は、舞を見せ、お話の相手をし(これが一番重要かも知れません)、時にはただ黙ってはべったり、時にはお座敷でゲームの相手をすることなどが中心です。おもてなしの心、いろいろなお話に対応できる機微がないと務まりません。
 仕事外で、客と個人的に付き合ったりすることは許されませんしほとんど不可能です。男性と付き合えるような自由な時間自体がほとんどありません。高校や大学に行くに比べると、極端な箱入り状態になります。いわゆる同伴出勤やアフターと言ったたぐいのものは全く存在すらしません。ただし、格式のある花街ほど昔ながらのややこしい話も残っています。  
 イベントごとに呼ばれたり、パーティに呼ばれたり、屋形に寄りますが、海外のイベントに呼ばれることもあります。屋形によっては国内外の出張もあります。
 
 神社などの伝統行事で舞ったり、京おどりや都をどりといった華やかな舞台で舞を見せるのも大きな仕事ですし、そのためのお稽古もあります。
 
 相当に束縛された生活を20才までの5・6年ほど過ごすことになります。
 
 言葉遣いは言うに及ばず、箸の上げ下ろしから、挨拶、歩き方、その他日常生活のすべてを舞妓さんとしてたたき込まれます。徹底的に躾られます。
 
 どこに応募しようとこれより楽と言うことはありません。たいていはもっと厳しい現実が待っています。置屋さんによっては、他にもこれ以上に辛いことがいくらでもあると思います。
 
  

【お茶屋・置屋】
 お茶屋は舞妓さんの主たる仕事場です。置屋は舞妓さんの所属(住んでいる)するところです。舞妓さんは置屋に雇われるわけではなく、修行はさせてもらいますが労務・税務上は独立した存在(個人事業主)です。置屋の多くはお茶屋もしています。
 
 以前は、1軒の置屋さんに在籍する舞妓さんは1〜3名程度でしたが、最近は5名前後と、人数が集中する傾向にあります。人数が少ないと経営的に無理なのだろうと思います。
 
 お茶屋の客は年齢的には60代以上が中心でしょうか?仕事上若い男性と知り合う機会はほとんどありません。
 お茶屋に客が来るときには、お茶屋はリクエストに合わせて、自分の屋形の舞妓さん、あるいはよその置屋の舞妓さんを呼びます。
 良く呼ばれる人気のある舞妓さんを持っていれば当然収入が増えます。
 売れない(人気のない)舞妓さんは誰も欲しがりませんが、人手さえあれば見た目などどうでも良いという置屋も中にはあるかも知れません。
 
 置屋さんはけして志願者を応援するのではなく、欲しい舞妓さんに躾け、いらない者は切り捨てるだけです。応援・バックアップなど言葉だけです。期待してはいけません。何かあっても「我慢しなはれ。」で終わりです。それが普通です。それどころか、お姉さん・おかあさんが八つ当たりの相手にしたり、まともな世話もしないところもあるようです。口先で良いことばかり言うところほど中はひどいものです。
  

【将来の道】
 通常年季の明ける20才過ぎくらいに、引く(やめる)か、襟かえをして芸妓になるかを自分で決めます。舞妓をしている間に芸妓になりたいと思うようになる人も多いようです。よほど人気がないと収入が期待できないのでやめることになります。
 
 最近は、舞妓さんだけで引き(やめて)、お家に帰る方の方が多いように思いますが、年によって違います。
 2008年から2009年にかけては、顔なじみの舞妓さんが5人も襟かえしましたが、みんな売れっ子の舞妓でした。

 年季が残っていれば襟かえをして芸妓もしなければなりません。
 祇園甲部では、芸妓の2年も年季に含まれるので、選択の余地なく芸妓もしなければなりません。
 引いた場合、特に受け皿となるような職業等はありません。
 料亭や旅館に嫁に行って若女将になると言うのが理想だと思いますが、そう言う話が多くあるとは思えません。
 大検(今は高認)さえ取れば、一芸入試で大学に行かれた方もあるようです。
 
 引いて、すぐに結婚する人も結構います。結婚すれば花街を去ることになります。
 
 
  

【襟(えり)かえ】
 20才くらいになると、「襟かえ」といって、舞妓さんから芸妓になります。
襟かえをするにはカツラ、衣装など相当の費用がかかるので、屋形で用意してもらえない場合は、自分で用意しなければなりません。
 
 年季が終わって独立した芸妓さん(自前さん)になれば、自由はありますが、自分で生計を立てなければなりません。年季が残っていれば自前にはなれません。条件によっては、独立せず屋形に残ることも出来るとは思います。
 
 自前になればお花は自分のものになりますので、売れっ子はかなりの収入になりますが、人によって大きな差が付きます。というより、人気がなければまるでやっていけないだろうと思います。
  

【どうすれば?】
 祇園甲部はしっかりした保証人から置屋さんを紹介してもらってください。いずれにしても、非常に躾の厳しいところです、「どんなこと」にも耐え抜く覚悟が必要です。
 
 紹介者のいない場合は各花街の組合にお願いしたり、募集している置屋さんに直接お願いするしかありません。
 組合への応募では一切置屋さんは選べません。話があった置屋さんがたとえどんなところであっても、そこに行くしかありません。断って他に行くことなど出来ません。組合への応募を見るのは頻繁に仕込みさんが辞めて次々採用する屋形が多いので勧めません。
 
 組合等への応募については自分で直接問い合わせて下さい。
 祇園甲部にはあまり関わりたくありませんが、どうしてもと言う場合は検討します。話の出来る屋形はあります。

  

【資格・適性】
 組合・置屋さん等にお電話されれば大体同じような答えが返ってくると思いますが、これはあくまで私の見解です。最終的には自分で確認して下さい。私が断ってよそで舞妓さんになられた方もあります。
 私が思う宮川町の一般的な話ですが、置屋さんによってかなり好みは違います。
 どこの募集を見ても細かいことは書いてありませんが、実際の中身は同じようなものです。
 
《保護者の同意》年令に関係なく必要です。18才でも必要です。
 
《年齢》14・5才、中三(応募時)が中心ですが、置屋さんによって多少違います。
年齢が高くなるほど難しくなります。高卒でも過去数人は採用してはもらいましたし、高二・高三でも不可能とは言えませんが容姿が良くないと可能性はありません。普通には応募自体難しいでしょう。問い合わせの段階で断られることも多いようです。宮川町では20才までに見世だししないといけないので、19才以上での採用はありません。
 
 祇園甲部の組合では高校生の採用はないと言われたそうです(応募した人から聞いただけです)。つる居さんは交渉して高一までと・・。
 年令が上がると、舞妓さんを出来る期間が短い、襟かえに費用がかかるなど、置屋さんにとっては経済的にははっきりマイナスで好まれません。祇園甲部の場合、舞妓4年+芸妓2年が義務期間。
 
 実は私が最も応援したくなるのは、高二・高三くらいで、どうしてもあきらめきれないという方です。一般社会を少しは知った上である程度の判断力も持ち、目先だけの憧れではなく、強い憧れを持ち続ける方。何とか高卒でと思ってしまいます。勿論、容姿・性格等さらに高いレベルを要求されるので、非常に難しいのですが…
 学歴面からも、また容姿も体格も落ち着き、精神的にも安定感が出てくるので、高卒採用にシフトすべきだと私は思っています。
 現在でも高卒採用している置屋さんは数軒レベルだと思います。応募資格18才までと書いてあっても、単に資格上の上限であって、聞いてみると実際には採用しないところがほとんどです。じつは、「抜群の美人なら…」と言う条件が隠されています。
 
《身長体重》通常150〜160cm程度の募集が多いですが、置屋さんによって差があります。165cm程度まではわずかに可能性だけはありますがかなり難しいだろうと思います。身長が高いと着物をすべて新調するのに費用がかかるので好まれません。実は、今年は170cmの仕込みさんを入れましたが…
 細めの人が多いですがこれも置屋さんの好み次第でしょう。やはり身長cm-体重kgが110以上必要だろうと思います。身長cm-体重kgが105を切っての宮川町での採用はまずないと思います。「これから痩せる」など全くもってお話になりません。「やせてから来い。」としか言い様がありません。
 入っても、太ったりすると周り中の人からうるさく言われます。
 
《容姿(顔)》これも置屋さんの好みおよび人手の過不足によって変わります。
人手が足らなければ敷居は低くなりますが…。
私は舞妓さんは可愛くなければならないと思っているので、可愛い舞妓さんになれる人にだけ入って欲しいと思っています。
 舞妓姿をすれば誰でも綺麗と言ってもらえると思っていたら大きな間違いです。白塗りをすれば通常見た目は落ちます。綺麗でも「おぼこさ」(子供っぽさ)がないと舞妓さんにはなれないことがあります。綺麗な舞妓さんは白粉を落としたほうがさらに綺麗です。ほとんどの舞妓さんは髪を下ろして普通の化粧をさせた方がずっと可愛いです。並の容姿であの姿をすると、見られたものではありません。
 あまりぱっとしない舞妓さんが、白粉を落とすとかなりの美人だったりします。
 祇園甲部は化粧でかなり顔を描くので逆です。
 よそでは高卒や綺麗な子は相当いじめられるそうですし、確かに綺麗な仕込みさんはすぐ辞めるような気がします。
 宮川町は元々いじめ自体がないようですし、高卒の芸舞妓さんや綺麗なお姉さん達も多いですし、少しくらい綺麗でも目立ちもしません。
 宮川町は可愛い舞妓さんが揃っているので、容姿的要求レベルは他よりかなり高いです。
 最近はかなりレベルが落ちていましたが…今年から少し回復してくるでしょう。
 
《芸事》舞、三味線、茶道等の「経験」は採用自体には全く関係ありません。運動・音楽の「素質」は重要です。特に舞はある程度修得できないとお家に帰されます。
 
《髪》胸上程度。仕込み期間中に伸びるので、ベリーショートでもおそらく大丈夫です。
 
《視力》コンタクト可、コンタクト使用の芸舞妓さんを最低4人は知っています。
 
 
《性格》並ではない強い忍耐力や協調性を要求されます。実は一番重要なのは性格です。心遣いが出来る、ちゃんとあいさつが出来る、真面目で優しい人はどこに行っても可愛がられます。宮川町の舞妓さんは、全体的にのんびりおっとりしていて、気の強さを感じさせるような舞妓さんはあまりいません。
 逆に甲部や先斗町などはよほど気が強くないとまったく残れないだろうと私は思います。
 
 団体行動が苦手、不登校、学校生活程度がちゃんと送れないなど、まずお話になりません。学校など花街に比べたら天国です。我慢することが出来ない人の来るところではありません。
   
《健康・体力》休みも少なく、睡眠時間の少ない、ハードな生活をすることになります。健康で体力がないと持ちません。手などの大きな傷・やけどの跡、アトピーなど、あまり目立つものがあると敬遠されます。非常に強い精神的ストレスに晒されます。
 
《地域・なまり》舞妓さんは北海道から沖縄まで全国から来られています。地域、なまり、関係ありません。京都出身者は数えるほどです。
 
 残っていくのに一番必要な舞妓さんの資質は、お稽古事に浸り、伝統やしきたりの中で舞妓さんとして生活することが好きなことです。好きでないと残れません。お稽古事が好きでないと辛いことばかりです。
 
 芸事の「経験」は採用には全く関係ありませんが、素質は問題になります。音楽・運動の得意な方が向いています。舞・音楽がダメだと辛い思いをします。
 
 舞妓さんになるためには中学時代に何をするべきか?とか聞かれたら、厳しい運動部に入って心身を鍛えることと答えます。音楽は素質ですが、何か楽器をやっておくとより良いでしょう。舞をするなら宮川町なら若柳流です。入ってから少し楽を出来ます。三味線も同じです。やっておけば、お稽古事が好きかどうかもわかるでしょう。ただし芸が出来ても採用には関係ありません。

 心遣いの出来ること、性格や態度も問題ですが、面接程度では見えません。
 仕込みの期間を通して、性格・態度や芸の素質も見られることになります。10ヶ月はごまかし切れません。
 容姿がなければ採用されず、良い性格・態度、忍耐・根性がなければ残れません。仕込みの期間に切り捨てられます。
 
 私は、入って楽しく過ごせる人だけに入って欲しいと思っています。
 人気がなければ楽しくも過ごせません。
 


★ここ10年以上、舞妓さん志望者を置屋さんに推薦・紹介してきました。うち9名が舞妓さんになりました。 
 祇園甲部、つる居さんにも数名紹介しましたが、見世だしには至っておりません。
 君咲ちゃんは、元は上七軒・祇園甲部志望で、つる居さんに紹介しましたが書類などを要求されている間に本城さんに紹介・面接、その場で採用が決まりました.
 つる居さんにお話は出来ますが、祇園甲部は、正直なところ勧めません。可愛い舞妓なら宮川町一択です。ただ、今適当な置屋があるか考えると難しいところです。


 
【応募法】

なにごとにも耐えて舞妓になるという覚悟があればどうぞ。
採用者の3分の2は仕込み中にやめ、舞妓になっても半分は途中でやめます。

--> ご連絡は、
≪問い合わせ≫からお願いします。★
次年度の採用については7月末を区切りに、紹介・推薦を検討します。

■応募時期
中卒採用:中三の夏休みまで。
高校中退・高卒採用:採用前年の夏休みまで。(ただし可能性はきわめて低い)
19才以上・高校既卒:舞妓採用の可能性はありません。
面接には保護者の同意が必要です。最低限、置屋さんに一緒に行ってお話を聞いてもらう必要があります。

推薦した方には直接置屋さんと連絡を取っていただき面接等のお約束をしていただきます。
私がお目にかかるのは、採用後か見世だし後になります。


私 DocWは、大阪の医師で、お茶屋の客の一人です。
普通は通っているお茶屋さん以外と話も出来ませんが、いろいろあって何軒かは通っていないよそのお茶屋の女将とも話しができます。
さすがにこれだけ人を入れると普通では聞けない話も聞けます。
他にもあちこちの花街の客など多少の情報源も持っています。
各花街、置屋・お茶屋さんによって違いもあるので最終的には自分で直接確認してください。


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